キャッチアンドリリースは何のため?誰のため? 僕の中の「タガタメ」

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バス釣りを続けていて、キャッチアンドリリースがなぜ定着しているのか不思議に思ったことがあります。

業界が持続的な発展を続けるための洗脳かなって思った時期もあります。

だって魚が減ったら釣具が売れませんもんね。

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バスを釣って食べたこともありました。

とても美味しくて驚きました。

こんなに美味しいのがばれたら網で獲られちゃう!ってマジで心配して他人には言えませんでした。

 

バスは臭いとか聞きますけど、魚って本来なら同じ味なんですよ。

でも生息域の水質で臭いがついてしまうんです。

 

「利き鮎」ってご存知ですか?

鮎の味を競うのですが、味を競うということは河川の水域の良さを競うということと同じなんです。

話が逸れましたが、バスを何とかして貶めようとしても結局はブーメランになって自分に跳ね返ってくるだけです。

 

キャッチアンドリリース

ここでの定義は、釣った魚を生きたまま水に返す行為です。

スポーツとして釣りを楽しむ行為で、魚との対等な勝負を楽しんだあとは再戦を願ってお別れをします。

釣上げたところで釣り人の欲求が満たされる構図です。

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この一連の行為に対して、食べもしない魚を釣るのは残虐な行為だと主張される方もいますが今回は完全スルーします。

 

この欲求を満たす行為で大切なことは、釣上げることです。

釣上げるためには魚がいることが大前提なんです。

自分が釣った魚が死んでしまったら、居なくなってしまったら、稚魚が自分の釣りで満足できるサイズに成長するまでにとんてもない時間がかかります。

再生産にはとてつもなく時間を要するのです。

 

自分が釣った喜びを他者にも味わって欲しいと願う気持ちも「自然」への感謝です。

マズメライフジャケット

 

そこでキャッチアンドリリースですよ。

 

キャッチアンドリリースは生物を含めた「自然」を元の状態に保とうとする行為です。

魚を還す

釣り場を還す

還すことによってまた自分を含めた「人間」がレクリエーションとして「自然」と触れ合うことができるのです。

 

キープしない釣りでもお金を払うだけの価値がある

特筆すべきことは、逃がすだけの釣りに道具を買ったり色々とお金がかかることについて完全に釣り人が納得できているということです。

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一般の釣り人でもロッドとリールの一組で5~6万円ぐらいするんじゃないでしょうか。

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ボートなんかヤフオクの中古でも少し装備が整っていれば10万円以上です。

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キャッチアンドリリースの釣りにここまでの支出をできるということは、魚を釣って食べることだけが釣りの楽しみではないということです。

 

魚を見つけて釣るという行為にお金を出すだけの価値があるということの証明です。

釣りにおける価値観は一つじゃないんです。

 

釣りは自然を消費する遊びです

一見、循環しているように見えるけど、アウトドアスポーツやレクリエーションは「自然」を確実に消費しています。

魚の消費

魚へのダメージは免れません。

ここでの消費とは人間が介在することによって発生する「自然」の変化と位置づけます。

変化を消費と捉えるのは、少々強引に感じるかもしれません。

それでも「自然」は増えることがないので「消費」としか言いようがないのです。

 

キャッチアンドリリースした魚には釣り針の傷あとが残ります。

人間が介在しなければ発生しない傷です。

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その場ではリリースできてもファイトで体力を消耗して死んでしまう個体もあることでしょう。

キャッチアンドリリースは「消費」を緩やかにしているだけで決して「再生産」を直接的に行っているわけではありません。

 

釣り場の消費

魚だけでなく釣り場も消費している現実に目を向ける必要があります。

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釣り場の消費とは、バス釣りを行うことによって様々なトラブルが生じて釣り禁止になったり、極度のフィッシングプレッシャーでバスが釣れにくくなることを言います。

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釣りを行えば元には戻らない。

何らかの変化が生じます。

 

その変化は釣り人の視点で評価すると好転するものではなく、釣りを行う前よりは確実に悪化します。

フィッシングプレッシャーで釣れにくくなったりするのも悪化です。

 

そんな悪化の中で、最も注意しなくてはいけないのが、「釣り禁止」です。

 

考えなくメディアで取り上げたりすると終わったも同然です。

新製品を宣伝するのにヤラセはまずいので釣れやすい野池(何度も言いますが農業用ため池です)に行ったりですね。そんな感じです。

 

業界は、いくら魚種や釣り場を消費しても次の魚種へ逃げていけばいいだけですが、もともとの愛好家は釣り場を奪われるという最大の不利益を被ります。

 

バス、エギ、アジなどなど

全部「イング」がついてるやつが胡散臭いですね。

次はブルーギリング?でも楽しいですよ!

 

トーナメントによるバスの消費が再生産に最も遠く一番痛い件について

バスの故郷アメリカでは、放流することによってとりあえず再生産を可能としています。

欠乏している栄養素をサプリメントで補うことと同じようにです。

そんなんで解決になるの?って思うような自然に対しては短絡的な行為ですが、打てる手立てがあることは持続性を確保する上で本当に大事なことなんです。

 

アメリカの釣り大会だってバスの放流による資源の再生産が可能だから行われているのです。

すべての影響を放流することで名目上排除できるから、特定の団体が大掛かりな釣りの大会を開催することに理解が得られているのです。

 

ここが日本とアメリカの事情が最も異なる部分です。

日本は侵略的外来生物と位置づけられてしまったので再生産はほぼ不可能です。

 

バスの再生産は産卵に全てがかかっています。

それにも関わらず水域の規模に見合わないスケールの釣り大会が開催されています。

水域の「消費」をし続けているのです。

 

特にひどいと思うのが産卵期の大会開催です。

産卵床の釣りが上位進出パターンになる大会です。

 

プライベートな釣りなら、釣ったその場でリリースするなら影響は最小限度ですみます。

でも、その魚をライブウェルに入れて運んでしまうと産卵床は終わってしまいますよね。

いい個体の産卵をこれでもかって邪魔しているんですよ。

マジでヤバイと思います。

 

プロだから生活かかってるから許される?

むしろ逆ですよね?

生活をかけて戦っているなら、その戦いをずっと続けられるよう知恵を出しましょうよ。ほんとに。

 

そんなことに気付かず釣り大会に出場している人も中にはいるでしょうけど、その場で得られる感動がこれから先の未来でも繰り返されるものじゃないと意味がないのです。

 

一過性の感動は消費であり、消費は人間の罪です。

 

スポーツの喜びでもなんでもないのです。

どれだけ凄いことをしているか見ている側の人も理解できないとプロスポーツとして成立しえないのです。

 

消費と再生産という視点で釣り場を見てみる

ここまでにバスのキャッチアンドリリースを通して自然の「消費」と「再生産」について意見を述べてきました。

この考えをもとに、少し視野を拡げて釣り場全体を見渡してみたいと思います。

キャッチアンドリリースを「再生産」の一手段として位置づけています。

それは元通りになってほしいと願う気持ちです。

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魚は元通りになってほしいけど、釣り場は汚れてもかまわない?

ちょっと変じゃないですか。

元通りになってほしいのは水の中だけでに限った話ではないですよね。

釣り場だってきれいであってほしいですよ。

 

この元に戻す行為を正しく認識して続けていれば、自然と関わる時のとるべき行動が身につくのではないでしょうか。

 

確実にゴミは出なくなりますし、もしゴミがあったとしても今よりは拾いやすいゴミになっていることでしょう。

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釣り場で見ているとゴミを捨てているのは決して若者だけじゃありません。

むしろ一定以上の年齢層(団塊の世代って言われてる世代)の方たちのほうが「ダイナミック」です。

 

これはおそらく、今日ほど人目につくことがなくルールが整っていない環境で生活してきた中で自然と身について改められなくなっているのではないかと思っています。

 

僕は車という「人質」を置いて釣りをしているので、スロープで注意なんかして揉め事を起こす気力が無い何もできないヘタレですけどね。

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バス釣りが日本の釣り文化を変革する

今、バス釣りは釣り人の非常識を弾劾するのに格好のターゲットにされています。

何かにつけて侵略的外来生物に指定されていることを理由に趣味に対して不当な扱いを受けています。

 

でも、ピンチはチャンスです。

 

バス釣りはキャッチアンドリリースを世に広めたという点で非常に功績が高いです。

日本におけるキャッチアンドリリースはヘラブナ釣りが出発点にあると思いますが、ここまで飛躍的に普及したのは間違いなくバス釣りの魅力が非常に高かったからです。

 

そしてここまで社会のターゲットにされるということはバス釣り人口は依然として多いことが覗えます。

 

バス釣りは、自然を消費しないというキャッチアンドリリースの精神が根底にあるので、日本における釣りをタンパク源を得るための漁からアウトドアスポーツへと変革させる可能性をもつ唯一のジャンルです。

 

スポーツである日突然スーパープレイができないのと同じように本来持っていないことは急にはできません。

全ては練習の積み重ねの中から生まれます。

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釣りの変革はバス釣りの中で繰り返されるキャッチアンドリリースの中で、その精神を確実に育んでいます。

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だれかが気付いて何かが変わっていけば、今よりもっと楽しく自然と関われる至福の時が待っていると信じています。

そんな日が一日でも早く来ることを願って、時期尚早かもしれませんが文書という形で僕の想いを表してみました。

 

想いの全てを書いた感がありますが、これが最終回ではないので引き続き、拙ブログをよろしくお願いします。

ファミリーフィッシング2

 

まとまりのない文書を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

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